公園へと生まれ変わったベルリンの壁の無人地帯
「ベルリンの壁」を辿る道は、ベルリンの中心部にある住宅地へと入ってきました。この周辺では壁は撤去されており、壁にまつわるものはほとんど残されてはいません。その一方で、この周辺で撮影された写真は多く残されています。例えば、下記の写真で、これは「ベルリンの壁」が崩壊した後に写されたもの。写された場所は無人地帯で、それは東西の境界の壁と、そこへの接近を妨げる壁の間に設置されていました。無人地帯では「西側」への脱出を防ぐために視界を妨げるもの取り去っており、荒野のようになっています。現在の写真と比べると、無人地帯には木々が植えられて自然を楽しめる公園となっていることがわかるでしょう。


今も残る「東側」の建物
無人地帯となった公園を歩いていくと、小さな湖に突き当たります。その湖の手前で撮影されたのが下記の写真です。「西側」から「東側」の親類に向けて手を振っている様子が記録されています。壁が築かれたのは1961年で、写真はその翌年に撮られたもの。現在の写真と比べると、写真右手の建物が今も残されていることがわかるでしょう。一般的には壁跡地の再開発で、壁周辺の「東側」の建物は失われています。ですが一部の例外もあるのです。その理由は歴史的な重要性です。こちらの建物は日本でも知られているブルーノ・タウトが設計の一部に携わった「交通連盟ビル(Haus des Deutschen Verkehrsbunds)」です。


変わることのない「西側」の風景
壁の跡を追っていくと、裏通りとなるセバスティアン通り(Sebastianstraße)にたどり着きます。一見すると、ごく普通の住宅街にしか見えないでしょう。こちらで1978年に撮られたのが下記の写真です。現在の写真と比べると、壁以外の風景はほとんど変わっていません。ベルリンでは「西側」は「東側」に比べるとあまり再開発が行われていないのです。「東側」では壁跡地に多くの空き地が残されており、そこが最初に再開発されるためでしょう。現在の写真では右側に木々が生い茂っていますが、これが壁周辺に残る「東側」の空き地です。こうした壁跡地に新しい住宅や建物が建てられているのです。


変わりゆく「東側」の風景
セバスティアン通りを抜けると大通りと交差します。ここにはかつて国境検問所が設けられていました。1978年に撮影された写真を見ると、通りが壁を貫いていることがわかります。現在と1978年の写真を比べると、風景は全く別物と言えるでしょう。現在の風景からわかることは「東側」だった場所に現代的な住宅が建てられていること。これは上の写真でも説明していますが、壁跡地に広がる空き地が開発されたものです。ここでは通りに沿って一直線に新しい住宅が建てられており、典型的な壁跡の再開発地となっています。


「ベルリンの壁」を訪れるのであれば、時には過去に撮影された写真と現在の場所を比べてみると良いでしょう。そうすれば、何かに気付くことができるはずです。個人的にお勧めしたいのが、「Berliner Mauer Foto」のページです。ここでは地図上で過去に撮られた写真を探すことができます。そのため写真を撮影された場所を探す必要はなくなり、簡単に現在の風景と比べることができるのです。
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