「壁の道」に用意された多くの資料
「ベルリンの壁」跡地に整備された「壁の道」は、その大部分がアスファルトで舗装されているため、自転車で気持ちよく先に進むことができます。
そんな道を進んでいくと、見かけるのは看板や標識など。これは「壁の道」であることを示す標識や、壁と共に建てられていた施設、そして壁を乗り越えようとして命を落とした人の情報を表示するものです。
「壁の道」はただ道を使いやすく整備しているわけではなく、多くの「ベルリンの壁」にまつわる情報を提供しているのです。
「壁の道」の標識
「壁の道」を示す標識ですが、これは「ベルリンの壁」を辿っていくには欠かせないものです。というのも「壁の道」は他の道と交差したり、分岐することがあります。そして、どちらの道に進むかわからなくなったり、道に迷ってしまうことになるのです。
そんな時には標識を探して、それに従うようにしました。そうすれば「壁の道」から外れることはなく「ベルリンの壁」を追いかけていくことができるのです。
壁に合わせて建てられていた施設の情報
「ベルリンの壁」には、様々な施設がそれに沿って建てられていました。例えば国境検問所で、当時は10カ所ほど設けられており、西側の住民の東側への訪問を可能にしていたようです。
こうした施設はほとんど撤去されており、今ではその跡を見つけることは簡単ではありません。しかし、こうした情報の表示で、何の変哲もない単なる道路脇のスペースが国境検問所であったことに驚かされることもありました。
胸に堪える犠牲者の情報
最も堪えたのが西側に逃亡を図り、失敗して命を落とした犠牲者の情報です。「ベルリンの壁」を越えようとして命を落とした人は記録に残っているだけで140人。その犠牲者の情報が、命を落とした場所近くに表示されているのです。
特に衝撃を受けたのは犠牲者の多くが20代や30代だったこと。犠牲者の情報は顔写真と共に表示されており、「壁の道」では頻繁に若者の顔写真を見つけることになりました。その度に「ベルリンの壁」の意味を考えさせられたのです。
「壁の道」を辿るのであれば余裕を持ったスケジュールで
「壁の道」は、自転車で訪れるのであれば、数日で回り切れる距離です。ただし、そうすれば、頻繁に現れる「ベルリンの壁」に関する情報を読み込んでいくことはできません。個人的に運が良かったのはベルリンに住んでいるため、スケジュールを立てずに気楽にまわれたことです。
情報を読み込んでいくからこそ、今いる場所で何が起きていたかを考えることになりました。だからこそ「ベルリンの壁」を辿る人には、距離で日程を計算せずに余裕を持ったスケジュールを取ることをお勧めしたいです。