一般的な音楽の曲を聞くなら、それを聞き終わるまで10分あれば事足りでしょう。クラシック音楽なら、曲が長くなりますが、多くの曲は1時間ほどで聴き終えることができます。
しかし驚くべきことにドイツの地方都市ハルバーシュタットでは、639年間にわたって演奏が続けられている楽曲があるのです。今生きている人は誰もその終わりを聴くことはできません。そんな楽曲を聴くためにドイツの地方都市を訪れることにしました。
639年演奏されるジョン・ケージの楽曲
そもそも639年も演奏される曲とは何なのでしょうか。その作曲者の名前を聞くと、ピンと来る人もいるでしょう。作曲したのは前衛音楽の巨匠であるジョン・ケージです。
多くの人は「4分33秒」という楽曲でケージのことを知っているかもしれません。それはオーケストラなど演奏者が4分33秒にわたって演奏を行わない楽曲です。楽器の音でなく観客や奏者が出す物音などが演奏の一部となる特別な曲なのです。このような概念的な音楽が、ジョン・ケージの特徴として知られているのです。
ハルバーシュタットの歴史にちなんだ演奏時間
ジョン・ケージが作曲した曲のなかには「As Slow as Possible」(可能な限りゆっくりと)という曲がありますが、奏者が演奏時間を決めることができる曲なのです。そのためハルバーシュタットでは639年という気の遠くなる長さが設定されています。
ちなみにハルバーシュタットには大聖堂があり、そこには現代的な音階を持つものでは最古のパイプオルガンがあります。設置されたのは1361年で、その639年後の2000年に639年間の演奏が始まりました(予算の都合で1年遅れ、2001年開始となっています)。つまり、この街の歴史にちなんで演奏時間が決められているのです。
今は使われていない教会で行われている演奏
演奏が行われているハルバーシュタットがあるのは、ドイツ中央部のザクセンアンハルト州です。ベルリンから訪れれば、ローカル電車で3時間ほどで訪れることができるでしょう。街は第二次世界大戦の空襲で大きく破壊されましたが、木組みの家など古い建物も残されており、古い街並みを楽しむことができます。
街は観光地ではありませんが、古き良き街並みを残している印象的なところです。そんな街の通りを抜けていくと、やがて旧市街へとたどり着きます。そこにあるのが、今は使われていない教会です。それこそがジョン・ケージの楽曲を聴くことができる場所なのです。
639年続く演奏を体験
教会の建物には天井や床などはなく、何もない空間が広がっています。そこでは同じ音の音程がひたすら響き続けています。そこで感じられたのは、音楽というよりも音の存在でした。
しかしそれは演奏の音だけではありません。廃教会やその周りの音も浮かび上がるように聞こえてくるのです。鳥のさえずりや周辺を歩く人々の声が耳に入ってきて、一音だけのシンプルな音の体験でなく、様々な音が聴こえるという豊かな音の体験ができました。
数年おきに行われる音の変更
このような曲は639年にわたって演奏され続けます。長期間の演奏を可能にする装置がそれを可能にしています。それは二つの装置からなり、一つは音を出す楽器部分の装置です。
パイプオルガンの一部のような形となっており、音を出し続けています。そしてもう一つは楽器部分に空気を送り続ける装置です。この二つの装置によって、中断を挟むことなく、639年の演奏を可能にしているのです。
このような演奏ですが、数年おきに音が変わることになります。音が変わる際にはイベントも開催され、多くの人が集まり、音の変更を楽しむそうです。
639年続く演奏を体験しに行こう!
639年にわたる演奏は、世界で2番目に長い演奏時間です。最も長い演奏は1000年演奏される「Longplayer」という曲です。しかし楽器を使って同じ場所で実際に音を出す形で演奏される楽曲としては、ハルバーシュタットの「As Slow as Possible」は世界で最も長い演奏曲となっているのです。
いずれにせよ、このような特別な音の体験をできる場所は、この場所以外に他にはないでしょう。このような特別な体験をするために、ハルバーシュタットを訪れてみてはどうでしょうか。きっと素晴らしい思い出となると思います。
ジョン・ケージ・オーゲル・クンスト・プロジェクト / John Cage Orgel Kunst Projekt
アドレス: Am Kloster 1, 38820 Halberstad
入場料 : 無料
開館日 : 11時〜17時
休館日:月曜日
Website: ジョン・ケージ・オーゲル・クンスト・プロジェクト
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